富裕層はなぜ目立たない小さな新聞広告に注目するのか
が注目する「サンムツ」「サンヤツ」とは
「サンムツ」とか「サンヤツ」とか言われる広告スペースがある。新聞の一面の最下部に、6つか8つに分かれて小さい広告が掲載されている、まさにあれのこと。専門誌の広告が多く、すくなくとも私が電通勤務時代の広告業界では、特に目立つような広告スペースとは言われていなかった記憶がある。
しかしながら、当社の富裕層調査では、「特にこのスペースが情報源として役に立っている」という意見が多いのだ。意外かもしれないが、これらの目立たないスペースが定期的な情報源として富裕層に広く受け入れられていることは、当社データから判明した事実のひとつだ。
無駄がない専門的な情報には価値がある
そもそも、富裕層に対しては「広告は効かない」という都市伝説のような話がある。長く富裕層マーケティングに携わってきている当社からしても、そのような面があることは否定しない。少なくとも一般消費者に比べればそうなのだろう。
にもかかわらず、なぜ富裕層はこの小さな広告スペースには注目するのか? それは、これは広告なのだが、広告に見えない(ほど、一般的な広告と比較すると小さい)からだ。富裕層にとって、複雑で雑多だと感じさせる一般的な広告は、時間の無駄と映る。ごちゃごちゃしたことは官房長官に任せればよいのだ(コラム「富裕層=忘年会で忙しくない人」:http://rpartners.jp/column/1238/)。
「サンムツ」や「サンヤツ」の特徴は、小さいというだけではない。読者の皆様も、1か月ほど注視していればお気づきになることと思うが、このスペースに掲載されている広告には、ある種の規則性がある。それは「一般的にはあまり注目されない産業分野の専門誌」換言すれば「読者がそれほどいないと推察される専門誌」の「特集タイトル」が、広告として「月に1回くらいのペースで掲載されている」という規則性だ。つまり、この欄に定期的に目を通せば、各専門分野で注目されている話題が確実に手に入るということだ。
富裕層は、このように一点に絞った話題であれば、時間の無駄が少なく、自分の事業なり人生の悩みの解決なりに結び付く可能性があることを、直感的に知っているのだ。逆に言えば、このような「限られたスペース」は富裕層マーケティングの本質そのものでもある。
不動産専門誌からお菓子を開発
では、専門誌のたった一つのタイトルからヒントを見出した富裕層の例を挙げてみよう。Aさんは、ある日の不動産専門誌のサンヤツ広告に掲載されていた「独身OLの独身OLによる独身OLのためのマンション経営」という特集タイトルが気になり、アマゾンからその本を取り寄せてみた。曰く「独身OLの悩みなどが反映された、独身OLのみを販売対象にした、元独身OLの女性経営者が作っているマンションが売れ始めている」という。
Aさんは「供給者の論理でなく、購入者ニーズに基づいた、購入者自身が企画に携わったモノが売れている」と予測、自身が経営するお菓子会社の商品開発部門に早速指示を出す。世の中のニーズは何なのか? ではなく、ある特定のターゲットのニーズは何なのか? という視点からある新商品を開発。そしてそのターゲットのみにフォーカスしたプロモーションを行い大成功した。
Aさんはサンヤツ広告で見つけた専門誌の特集タイトルから、事業上の成功はもちろんのこと、重要な教訓も得たという。それは、「ターゲットを決めれば開発コストも宣伝コストも低減できる」という、今ではAさんが信奉する単純な経営論だ。
ベタ記事にこそ奥深い話がある
「無駄がない情報」が手に入るのは、「サンムツ」や「サンヤツ」だけではない。広告の世界から編集の世界に目を移してみると、いわゆる「ベタ記事」というものがある。「本格的な特集の構成要素にはなりにくいが、さりとてほってはおけないネタ」と解釈でき、そのほとんどは小さいスペースで記事化され、一般的には目立たない。
ところが、だ。実はこのベタ記事も富裕層が好む情報のカテゴリーに入る。前述のサンムツやサンヤツとよばれる広告スペース同様、「ある種の規則性(=カテゴリーや短い連載テーマなど)」に基づいて、短時間で情報収集できるからだ。そして、富裕層の間では「奥深い話は、意外とそんな小さなところにあるもんだよね」と言われるわけだ。長い特集記事は、官房長官が読んで報告してくれるから、時間をかけて読む必要はないのだ。
単純な情報から得る仕事のヒント
では、ビジネスマンは、この富裕層の時間軸と情報受容軸の傾向をどのように参考にしたらいいだろうか。
実は広告や編集を例にして述べてきた富裕層特性は、「情報の取捨選択」の問題に他ならず、すべてのビジネスマンが常に意識しなければならないはずのことである。しかしながら、あまりの情報過多の中、なるべく多くの情報を知っていた方が良い、という強迫観念を感じながら日々仕事をしているビジネスマンも少なくないと思われる。
重要なことは「情報の量」でなく「インテリジェンス(知性)につながる情報の収集」のはずだ。インテリジェンスとはここでは、ある単純な情報から自分の形(上記の例では、「特定ターゲットに向けた商品開発」)に落とし込んでみること、と言ってよいだろう。富裕層特性同様、サンムツやサンヤツ、ベタ記事に注目してみることから始める手もあるし、自分の趣味につながる専門誌の購読などから始める手もあるはずだ。インテリジェンスを磨き上げていくために。